ペットを失う時。身を切るような悲しみも、必ず癒やされる。


cat-912291_640時々、

「以前、猫が死んだ時、悲しくてしょうがなかった。こんなに悲しい思いをするくらいなら、もう猫は飼わないと決めた」

と頑なになる人がいますけど、それはそこで猫を飼うのを辞めちゃうから癒やされないんじゃないかな、という話。

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大好きな家族に送ってもらえる幸せ

不思議なくらいペットって可愛いので、失うときは身を切るような辛さ。

というか、失うずっと前から、病気で体調が悪くなった時点でもうペットロスの予感で激しく狼狽して、死にものぐるいで治療をがんばる…のが多分、普通の飼い主だと思います。

でもそれって人間の立場の話。

寿命を迎えるペットの立場になったら、小さい頃からかわいがってくれた飼い主の側で最後まで過ごせることがなにより安心です。

辛いときも優しく寄り添ってもらえるだけで、幸せなはず。

だからあんまり心配しすぎないで…

…ということを、よくペットの死を心配する人にお話させてもらうんですが、あーいかん、書いてるだけで涙が出て来た。

言いたい事は、ペットを最後まで見送ってあげることは悲しいだけじゃないよってことです。

むしろ、ハチ公のように、自分の後にペットを残していくことの方が、自分にとってもペットにとっても何倍も辛いことじゃないでしょうか。

最後までちゃんと見送ってあげられたら、後悔や悲しみは絶対あると思うけど、ペットの感謝の気持ちもちゃんと受け取って上げてほしいです。

愛情を注いでもらったことに感謝しないペットなんていませんから。

正解なんてない、見極めが難しい

ペットの病気については、ほんとに判断が難しいです。

病院にいって治療を受けさせれば治る病気もあるけれど、そうじゃない病気にかかった時、悩まない、苦しまない人なんていないと思う。

ここでがんばったら治るんじゃないか、もう少し生きられるんじゃないか、と必死になりながら、同時に、こんなに病院にいくのを嫌がってる子を無理矢理連れて行って、本当にこの子のためなのか、という思いが湧いてくる。

悩んでいるうちに、その日が突然やってくる。

そして後悔ばっかりしてしまう。

十分してあげられたと思えることなんて多分ないよね。

自分の出来ることしかしてあげられないし…

でも、なんというか、逆に、自分が出来ることを精一杯してあげることしかできないんだな、と思うようになりました。

自分みたいな人間に最後に命を託さなくちゃいけないことは、あなたにとって不運だったかもしれないけど、でもそれが運命だったんだから、どうか許してねって。

で、そう思えるようになったら、無尽蔵の悲しみからはふっと解放されるようになりました。

これは私の場合ですけど…みなさんも何か心の持ちようで、悲しみから解放されることがきっとあると思います。

あんまり自分を責めないでね。

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必ず癒やされる

どんなに悲しいことがあっても猫を飼い続けられるのは、私の場合はやはり、出来る限りでいいから猫保護活動をする、というのを決めているから。

でも保護猫のおかげで、いつも猫に癒やされて、立ち直っていくというのは、間違いなくあるあと思うなあ。

保護を待っている子、一時預かりがあれば命がつながる子。

その子たちが幸せになるお手伝いを少しだけさせてもらうことが、まず癒しです。

猫はどの子も可愛いし、どこか死んでしまった子の面影がある子に出会うこともあるし。

どの子も個性を爆発させるので、楽しくなって笑ってしまいますしねw

そういう子たちのお世話をしているうちに、かわいいなあ、面白いなあという気持ちでいっぱいになって、自然に悲しみが癒やされていくように思います。

正確に言うと、思い出すといつでも悲しいし寂しいんだけど、そこから出て来れない、という心持ちからは解放される、という感じかな…

別れの悲しみは残るんですけどね、捕われなくなります。

そういう経験があるので、私は悲しみでいっぱいになってしまった人にこそ、またぜひ猫を、ペットを飼って、癒やされてほしいと思ってます。

必ず癒やされますから。

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