狸の易者、成田狸庵のこと


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江戸時代の寛政・文政・天保年間にかけて、つまり幕末のちょっと前に生きていた「狸の易者」こと成田狸庵(なりた・りあん)の話をします。

狸庵を発見したのは、森銑三さんという学者なのですが、この森先生も調べてみるととても面白い方で、本職は図書館の職員ながら、さまざまな資料を発掘して無名ながら優れた江戸時代の人々の伝記を明らかにするという大変な業績を残しました。

森先生の業績から、たくさんの時代小説やドラマが生まれたと言われています。

そんなおもしろい先生が発見したおもしろい江戸時代の人、成田狸庵は、名前の通り狸が大好きでした。

今でも飼育が難しいと言われる狸を複数飼育し、家には自分で描いた狸の絵を飾り、夏は狸柄の浴衣、冬には狸の毛皮、タバコ入れも紙入れも狸の金具がついていて、狸の歌を自作して狸に歌って聞かせるという、大変な狸好きだった狸庵。

東京の新橋辺りで占いをしていた人で、新橋の名物として大変有名な人だったようです。

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狸庵先生、鎌倉で衰弱した子狸を救う

狸庵が初めて狸を飼ったのは35才の時。

何年も前から狸が飼いたいと思っていたそうなんですが、伝手もなく、神奈川の藤沢、江ノ島、鎌倉あたりに出かけて狸を探しまわり、とうとう鎌倉で人間に捕まった赤ちゃん狸を見つけて保護、じゃなかった、有り金はたいて譲り受けることに成功します。

そしてここからがまたすごいのですが、すっかり衰弱した赤ちゃん狸を懐に入れていたわり、川でフナを捕り、お母さん狸がするように、自分で噛み砕いて口移しに食べさせてとうとう回復させてしまいます。

赤ちゃん狸はすっかり回復し、まるまる肥え太り、命の親とも言える狸庵に大変懐くようになったそうです。

狸庵先生、火事で焼けだされる

その後別の種類の狸を貰い受けたりして、狸の多頭飼育を楽しんでいた狸庵先生ですが、初めて狸を飼ってから10年後、飼っていた狸がつぎつぎ病死してしまうという災難に見舞われます。

ショックをうけた狸庵先生は、「掌中の珠を奪われた思いでぼんやり」、つまりペットロスになってしまうのですが、さらに追い打ちをかけるように大火事で自宅が全焼してしまい、一家丸ごと焼き出されてしまいます。

狸庵先生は、家族を戸越村(村かー! 戸越は23区内です)に借りた小さな農家に暮らさせて、そこから徒歩で新橋に仕事に通います。

当然、暮らしはかなり大変だったようです。

そんな狸庵に同情を寄せたのは地主さんでした。

地主さんは自ら家主さんにかけあって、以前よりももっと良い家を建て、真っ先に狸庵に貸してくれるよう計らってくれました。

それを見ていた近所の人たちは、「それは、あなたが狸好きで、新橋の名物になっていたから。つまり狸のお陰でしょう。家が立ち直ったのに、狸がいないのは、仏作って魂入れずというもの。奉加帳をつくって(いまでいう資金集めのキャンペーンみたいな)みんなに廻すといいでしょう」。

狸庵は家族を養うのもいっぱいいっぱいでしたし、周囲もみんな焼けだされて苦しいのだからと、狸のことは言い出しかねていたのですが、逆に周囲にぜひ狸を手に入れるよう薦められてしまったのです。

薦められるままにカンパをまわすと多くの人が苦しい状況の中でもお金を出してくれて、10日もしないうちに目標金額に達し、またちょうど良いことに狸の売り物も出て、狸庵はまた狸を飼うことができるようになります。

ちなみに、(狸以外には)無欲な狸庵は、余ったお金をみんなに返金したそうです。

狸庵もだけど、周囲の人たちもみんなおもしろいなあ、すてきだなあ、と感心するエピソードです。

狸庵、島津公の白狸を看病する

狸庵は元はいまでいう福岡県の一部にあった中津藩の藩士でした。武芸に優れ、教養のある人でもあったようです。

狸を子供のようにかわいがるうちに、狸庵は狸のことについては誰よりも詳しくなり、また狸の話で面白いことを知っている人がいれば訪ねていって話を聞き、やがてその話をまとめて本を出版なんてこともしたようです(写本が国立図書館に残っているそうです)。

こうして狸庵の名前はどんどん知れ渡り、多くの人に親しまれるようになっていました。

ある日、狸庵は突然薩摩のお殿様から呼び出しを受け、お殿様の飼育している白狸の治療を頼まれます。

これは狸のことではありますが、元武士とはいっても下級武士で、今は一介の町民である狸庵が、薩摩の島津候に呼び出されるなんて破格といっていい大変なことです。やはり狸と言えば狸庵…と知れ渡っていたんでしょうね。

狸庵もびっくり&緊張したことでしょうが、なによりも狸を愛する狸庵はなんやかやと看病して元気を取り戻させてしまいました。

大変喜んだ島津候は厚く礼をしようと仰せられますが、狸庵は固辞のあげく「どうか時々参上して、狸の機嫌を伺ってもいいでしょうか」とお願いして許されます。

狸庵も微笑ましいけど、狸のために町民を呼び出すお殿様もかわいい。いや、なんというか、すごい話だなあ。

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岩波文庫「増補 新橋の狸先生 私の近世畸人伝」(著者:森銑三 編者:小出晶洋)

…というようなおもしろい話が、この本にいろいろ載ってまして、私の愛読書の一冊であります。

狸庵のことを知った時は、江戸時代の動物愛護の先輩だな、と思っていたのですが、こうしてまとめてみるとどっちかっていうと、江戸時代の

さかなくん

に近いかもしれません。

こんなご先祖様がいたっていうことが嬉しいですねw

東京にお墓があるようなので、今度お参りにいってこようと思います。

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