トロフィーハンティングってこういうことなんだなあって思うアート作品。


※ハンターたちへの憎悪を煽る事が目的の記事ではありません。決してトロフィーハンターたちの投稿にひどい書き込みをしたりしないでくださいね。


セシルのことがあって以来、スポーツハンティング、トロフィーハンティングというものについて考えまています。人間が生きるために行われる狩猟はわかる。それ以外のハンティングに対して、なぜこんなに胸が悪くなる思いがするのか。自分だってお肉をたべているのに。

Monkさんというアーティストの作品を見ていて、少し分かった気がします。

相手の人格と、死や痛みというものに対しての敬意の不足が、ものすごく恐ろしいのだと。

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昔の猟師には、獲物に余計な痛みを与えることを恥とする作法があり、獲物を侮辱するような行為は慎むというルールがありました。そういう作法が必要だった理由がわかります。おそらくそれがなければ命を奪うという事に対しての責任がどんどん希薄になったんでしょう。

狩猟をしなくても十分食べ物が得られるようになり、スポーツとしての狩猟を辞めるときが来たと思います。

転載元:boredpanda

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